
スリランカ1番の大都市コロンボの夜景というよりは、インド洋一望の絶景ルーフトップバー!
昼間も遮るものの無い、どこまでも続くインド洋を丸く見て、夕方はインド洋に沈む夕陽を眺め、夜は夜景とともに波の音を聴きながらの乾杯!
めちゃくちゃ気持ちの良いバーです(^_^)v

at ON 14 Roof Top Bar & Lounge in Colombo, SRI LANKA
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場所:
ON 14 Roof Top Bar & Lounge
住所:
14F, OZO Colombo Hotel Sri Lanka, 36-38 Clifford Pl, Colombo, Democratic Socialist Republic of Sri Lanka スリランカ民主社会主義共和国
+94 112 555 570
地図
備考:
コロンボ中心市街地からは少し南に下った海沿いのホテルの屋上。
周辺に14階建てなど存在していないので、イヤでも分かります。
なによりコロンボでの移動は、ぼったくりが多いトゥクトゥク等を使わずにUber利用が安くて大変便利です。
ホテルの屋上にインド洋につながるインフィニティプールが広がり、このロケーションの良さとここにプールを設計したセンスは見事です。
ここから見えるインド洋は、見た目通りその先に遮るもののない世界三大洋のひとつ。
地球上表面の約20%の水をたたえた大洋で、地球の歴史という観点から言うと今も少しずつ拡大し続けているという。
スリランカから先はアフリカ大陸まで何もないと思うと、その解放感や爽快感はハンパない!
このような海上交通にうってつけの土地スリランカ(旧称セイロン)は、大航海時代に放って置かれる筈はなく、16世紀にすかさずポルトガルの植民地になり、その後17世紀にはオランダの植民地となり、続く18世紀にはイギリスの東インド会社に植民地化される。
それから約150年後に独立はするものの、その後も民族対立により長期に渡って内戦が続き2009年にようやく内戦が終結するという苦労の歴史のスリランカ。
そのスリランカ島の形から”インド洋の涙”と呼ばれるが、その涙の意味は島の形だけではなさそうだ。
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そんな苦労のスリランカですが、実は戦後の日本の独立を助けてくれた恩人でもあるのです。
1951年9月6日、当時のスリランカ、セイロンの代表の蔵相としてサンフランシスコ講和会議において「憎悪は憎悪によって止むことはなく、慈愛によって止む(Hatred ceases not by hatred, But by love)」という仏典の一節を引用して、日本に対する戦時賠償請求を放棄する演説を行ったジュニウス・リチャード・ジャヤワルダナ(Junius Richard Jayewardene)さんのお陰で、日本は過酷な賠償に苦しめられずに戦後復興することができたのです。
そのジャヤワルダナさん曰く、アジアの国々が欧米列強の植民地支配から独立できたのは、アジア人に誇りを勇気を与えてくれた日本のお陰でもある、と。
そのようなスリランカと日本の深淵なる歴史に想いをはせながら、インド洋の深遠なる夜に乾杯する心地好さは格別です。
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